Kae stained glass art
jlog(造語)は、喜び"JOY"の j 、自由"JIYU"の j 、気まま企画なページです。今回の企画は、、、

〜 私の宝物 〜
*** めぐりめぐって私のところにやってきた可愛い子達 ***
一度には大変なので少しずつ、ご披露いたします
   



entry No.17:「キュートなおちょこ」

 高さ4.5cm
インテリアで有名なIDEEの創設者のお父様の作品です。 彼は化学者として長年お勤めした後、 当時、東久留米市にあった長屋を借りていました。 そこで、化学の知識を生かし、パートドヴェールの作品をたくさん作っていました。 そのうちの一つがこのお作品です。 とろみのある見た目の質感と、優しい手心地・・・素敵な作品です。 20代の時のある日、麻布工芸館に何かの作品展を観に行ったのです。 会場を出た所にあった休憩所で腰を下ろすと、 白髪の優しそうなおじいさんが声をかけてくださいました。 「時間はあるかい? 僕の作品を観てくれないかな?」 その後、幾度か東久留米の工房に足を運ぶことになり、、、 ある日、おじいさんが言いました。 「何かお選びなさい、あなたにひとつプレゼントしよう」

entry No.16:「くま&猫」

くまちゃんの座高 4.5cm、超可愛いでしょ?

entry No.15:「世界にひとつだけのラグ」

 30cm x 48cm
初めてのインド旅行('18.Feb)で、現地で作ってきた世界にひとつだけのラグです。 作った、と言っても、サリーを着た15歳くらいの女の子がほとんど織ってくれました。 これは「KAE」と読みます。 私がデザインした、というか、偶然できてしまったデザインです。 Kは、Kにならず、 Aは、尖りが途中で終わってしまい、 Eは、やっぱりEにはならず・・・ ですが、想像力を豊かにして、目を凝らしてみてください!     「 K A E 」 にしかみえません!・・・でしょ? मुझे यह बहुत पसंद है ムジェ イエ バホット パサンド ヘェー (意味:すごく気に入っています)

entry No.14:「DOLL」

子供の頃、 父がヨーロッパに出張した時、「青い目のお人形を買ってきて欲しい!」と懇願した。 確か、お人形の絵を描いて父に渡した、と思う。 帰国した父が何を買ってきてくれたかは覚えていない。。お人形でなかったことは確かだ。 1995年春、 2ヶ月間のバック・パッカーの旅の後半はイタリアを周遊していた。 ベネチアを訪れた際、少し足を伸ばして、ブラーノ島に渡ってみることにした。 そこは、レースで有名な島なので、素敵なレースの何かを手に入れよう、と思っていた。 ところが、目に飛び込んできたのは、この子だった! 子供の頃、父に懇願したのは、こんなお人形だった・・・いや、それ以上 こんな可愛い DOLL に、その時までも、現在までも、出会ったことがない! 親(?)バカだろうか? かれこれ20年以上、一緒に暮らしていることになる。

entry No.13:「花の器」

 
パスタやカレー、煮物など、毎日使用しています 大きさは、直径175mm、深さは50mmくらい これらの器は、父方の実家のお下がりです どんなご先祖様が、いつ、どこで、購入したのか? それとも、いただいたのか?

entry No.12:「木米・九谷」

この子たちは、おチョコかな? entry No.7「たぬきの急須」につづく祖父の形見です。 左の赤い方は、 4人のオジサン達が4回描かれていて、器の中は白、 裏に「木米」とあります。 右の白地に絵柄の方は、 3人のオジサン達が器の中に描かれていて、外は青い染付けの絵柄があり、 裏に「九谷」とあります。 もう一つあるのですが、割ってしまいました。 いつか金継ぎをしようと思っているのですが・・・ 価値があるかどうかはわからないけれど、 手描きの絵柄は、いい味だしてます。

entry No.11:「ロバの宅急便」

その時は、バック・パッカーでスペインを周遊していた。 バルセロナでガウディーの建物を観尽くしてくたびれたので、 南の海岸線アンダルシア地方へ移動した。 その中でも印象に残っている村は、MIHASU(ミハス)という村だ。 白い建物で覆い尽くされた村、カラフルな野菜や果物、そして、花々。。 まるで、おとぎの国だ!! 小さな路地や狭い階段で、人を助けていたのはロバ。 ロバはこの村のなくてはならない存在になっていた。 もう20年ほど前の話だ。 今も変わっていなければいいなぁ〜

entry No.10:「薩摩切子」

「その銘に魅せられて」・・・2004年に鹿児島で開催した作品展のタイトルだ。 当時、関東では芋焼酎ブームで、あちらこちらに芋焼酎専門の居酒屋がオープンした。 姉が上京した際、姉夫婦と行った居酒屋でメニューをみると、 なんとも美しい銘がずらりと並び、創作意欲をそそられるのだった。 折しもちょうど、鹿児島にクライアントがあったので、「作品展をやれないものか?」とお話してみると、 先方からもちょうど、「作品展をやってもらえないものか?」とお話があり、、速攻決まった! 作品展を無事に終え、記念に、島津薩摩切子で手に入れたのがこちらのセット     "紺色の徳利とお猪口、小さなお皿” 私にとっては、なかなか高額な買物だったけれど、思い切って手に入れて本当に良かった。 ---------- O様(鹿児島のクライアント)との出会いは、1999年2月の第2回個展会場だった。 その時は、青山同潤会アパートの歩道に面した窓際に、瑠璃色の”一輪草”を飾っていた。 通りがかり、瑠璃色の小さな灯りに誘われて、O様がご来場された。 出会いからお取引が始まり、O様がお店をたたまれてからでも、お付き合いは継続中だ。 お付き合いの始まりの頃、彼女からいただいた素敵な贈り物がこちら 紅の小鉢、こちらも大切な私の宝物。

entry No.9:「読谷村の急須」

今から15年ほど前、 富士山の清掃ボランティアで知り合った若者が、沖縄本島勤務になった。 当時大学生だった彼は、新卒でサッカーのコーチになったのだ。 「中古車を買ったから、いつでも遊びに来てください。車も使っていいですよ!」 と連絡をくれた。 チャンス!と思い、予定をやりくりして、10日間の沖縄旅行を計画。 北の端から南の端までドライブしまくった! え?若者と一緒だったかって? 彼は毎日お仕事があったので、一人ドライブです。 旅のお宿は、民宿やら駐車場やらで格安にしたけれど、、 最後のお宿は、那覇市内にある「沖縄第一ホテル」にした。 当時「安里(あさと)」にあった「沖縄第一ホテル」は、 永六輔さんが沖縄について書いた著書で絶賛していた。 豪華な朝食(三千円)は、旅の最終日の朝に満喫した! 沖縄の食材盛り盛りの食事のあと、最後にお茶が出るのだけれど、 私はいくつかある選択肢の中から、ハーブティーを選んだ。 すると、急須ごと運ばれて来て、急須ごと私の前に置かれた。 「少しお時間を置いてから、お召しあがりください」 言われた通り、少し時間を置いて、急須からハーブティーを注ぐ。。 (この急須)すごい!! 私の手の平が、今まで感じたことのない至福な感覚に包まれた! 実は、この旅のお土産にと、沖縄の焼き物で大ぶりの急須を探していた。 でも、気に入ったものが見つからず、とうとう最終日になってしまって、 すでに諦めていた。そんな矢先だった。 ホテルの方に、「この急須が欲しい」とお願いしてみた。すると、 「これは既に使っていますので、あちらに新しい物が売っています」 と言われた。。みに行って手に持ってみた。。違う! 「これを譲ってください。中古でも、新品と同じ代金を支払います。」 とお願いし、譲っていただいた。 1年くらいたったころ、 アトリエの近所(当時は神宮前5丁目)にあった「*WISE WISE」で、 同じ急須が並んでいた。手にとってみたけれど、 やっぱり、うちの子が一番イイ!! *「WISE WISE」:現在は東京ミッドタウンなどのテナントになっているセレクトショップ(2019年)

entry No.8:「KISS ME!!」

その唇は、太く、厚く、 その瞳は、丸く、大きく、曇りがなく、 その頬は、常に優しい笑みを浮かべ、 その腰は、ガッチリと頼り甲斐があり、 その頭には、黄金の冠をかぶり、 その首には、黄金の数珠をかけ、 その手には、「KISS ME!!」と書いた黄金の珠を抱えている そう、毎朝「KISS」をすれば、 絶え間なく、富と幸を与えてくれる

entry No.7:「たぬきの急須」

母方の亡祖父は、趣味が嵩じて?骨董屋をしておりました。 子供のころ、祖父を訪ねると、 火鉢の中の鉄瓶がいい具合に蒸気しており、お煎茶を入れてくれました。 美味しい玉露が手に入ると、もったいないことに、私たちに入れてくれました。 当時は、青臭くて、ぬるっとして、決して美味しいとは思わなかったけれど、 今いただいたら、きっと、美味しいんだろうなぁ・・・ これは、そんな祖父が使っていたと思しき、「たぬきの急須」です。 蓋はご覧の通り、頭がどんとあり、急須の蓋にある穴は、、 ね、よく見ると、鼻の穴になっています。笑 耳と鼻の突起は、片手で茶を注ぐ時に、指の引っ掛かりになるんです。 よくできています。 写真では見えませんが、急須のボディーの方は、足やら尻尾やらが彫ってあります。 そんな祖父は、実はインスタント・ラーメンが大好物でした。 カメラを向けられると、斜に構えて、ポーズをとりました。 お出かけの時は、チロルハットを被り、イカしたスカしたおじいさんでした。

entry No.6:「花がふってくると思ふ 良寛」

花がふってくると思ふ 花がふってくると思ふ このてのひらにうけとろうと思ふ 確か2000年頃、今はなき「青山同潤会アパート」の、今はなき「ギャラリー華音留」にて、 ギャラリーの企画で、曹洞宗の僧侶 良寛さんの墨絵と私のステンドグラスの作品展が開催されました。 その時に記念に手に入れたのがこの葉書です。 今から12年前、神宮前5丁目のアトリエが、建替工事の為の立ち退きを求められておりました。 あちらこちらで物件を探し、頭を抱えておりました時、世田谷区弦巻の今の物件に巡りあいました。 この建物の隣の土地には、樹齢80年の桜の大木が2本あり、建物はその大きな大きな桜の樹に覆われて・・・ その時は夏でしたので、部屋にある4つの窓からは桜の葉の木漏れ日がキラキラと輝いておりました。 なんて素敵なところでしょう! こんなところで毎日仕事ができたら、なんて幸せでしょう! よし、ここにしよう! と決めたその夜、 なんとも言えないグロテスクで気持ちの悪い4本立ての怖い夢をみたんです。 「これは止めておけ!」というサインかな?とためらっていると、 ふと、この葉書が目にとまったんです。 ここに来れたのは、この葉書のおかげ。 今度の8月で13年を迎えます。

entry No.5:「ROBERTAちゃん」

身長20cm
将来は気の利いた穏やかで優しいロボットと暮らす・・・? 2015年、パリのコンサート会場で悲惨なテロがあった日の数日前、 私はパリにいて、一人であちらこちらを歩き回っておりました。 その時に出会ったのが、このROBERTAちゃんです。 ブルーとピンクのアイシャドーにツケマツゲまでして、鼻の横にはホクロ 袖口と裾にレースのついたピンクのお洋服を着て、黒いジーパンをはいています。 首には大きなネックレスまでして、オッパイは私より大きい? テロの後に行っていたら、一人で歩き回るなんて絶対無理でした。 この子にも出会うことはなかったでしょう・・・

entry No.4:「カップ&ソーサー(デミタス) 武士陶」

全体の高さ6cm,皿の直径11cm
1997年、イギリスの南部海岸沿いにある町ブライトンでみつけた日本製のデミタス・カップ 赤、青、緑、黄色、水色、ピンク色、黒、そして、金色、というド派手なデザインに驚き、 こんな趣味の悪いカップはどこで作られたのか? と裏をみてビックリ! 漢字で「武士陶」とあり、SAMURAI CHINA JAPAN と書いてあるではないですか・・・
ポット、シュガー・ポット、カップ&ソーサー6客のセットで売っていて、、、 当時の私の好みとは程遠く、躊躇はしたものの、1客だけ連れて帰りました。
今はとても可愛くみえます。 この子(カップ)の家族は何処?にいる(ある)のかしら?? 

entry No.3:「ガネーシャ」

(写真はフルターで加工しています)
かれこれ、20年程前、バックパッカーでスペインを周遊している時、 アルハンブラ宮殿の都の鉄道駅で、髭面で色黒の日本人男性に出会いました。 彼は朝から何も口にしていなくて、ひどくやつれておりました。 聞く所によると、 昨日までお腹を壊してホテルで寝込んでおり、 ようやく元気になったのに、今日は休日で両替ができず、「珈琲とパン」が買えない。云々・・・ そんな会話をしたこともあって、私は「珈琲とパン」をご馳走し、翌朝のパンも買ってあげました。 そんなご縁があって、数年後には彼のカナダの大きなログ・ハウスを訪ねることになりました。 そうです。浮浪者のようだった彼は、カナダで、ログ・ハウスを作っては売り、作っては売り、 をして、仕事なのか?趣味なのか??とにかく、楽しんでいる大金持ちでした。 せっかくそんな大金持ちに出会えたのに、残念ながら(?)奥様がいて、、 「部屋と食事付きで数週間カナダに遊びに来ないか?  時間のある時はカミさんにステンドグラスを教えてやってよ。」 と、まぁ、こんな感じのお誘い?ご提案?がありました。 何はともあれ、なんだか面白そうなので、 私はその話に乗っかり、カナダに数週間遊びに行きました。 奥様の名前はバルシャ。 彼女は、インド系カナダ人で、とっても賢くてチャーミングな女性でした。 (そうか! このころからインドとのご縁があったのかも???) 私たちはすっかり打ち解けて、仲良くなりました。 彼らの家を去る時、バルシャが「お土産に」とくれたのが、この「ガネーシャ」。 「私の大切なものをあげるわ。大事にしてね。」といただきました。 ですから、この「ガネーシャ」は、かれこれ20年、私の部屋に鎮座しておられます。 (そうか! だから、インドに引き寄せられたのか? なーんて。) --------------------- 【ガネーシャ神】 インド神。夢を叶える象、幸運を呼ぶ象などと呼ばれ親しまれています。 障害を取除き、財産をもたらすと言われ、商業の神・学問の神とされる。 富の神、学問の神、障害を除く幸運の神、除災厄除・財運向上 【聖天/歓喜天(しょうでん/かんぎてん)】 仏教では天部の1人。 商売繁盛、夫婦円満、恋愛成就、子宝の神、安全加護などの様々な分野でのご利益が説かれる。

entry No.2:「墨絵雛 実父作」
父が退職し、趣味で墨絵を始めた頃の作品だと思います。 彼は昨年米寿を迎えました。本人はこの絵を描いたことを覚えているでしょうか? もうすぐ、平成最期の「桃の節句」のこともあり、お雛様が続きました。

entry No.1:「木目込み雛 光玉作」
2001年8月〜2006年7月まで、明治神宮の表参道から少し入った所にある小さな住まい に住んでおりました。その当時は、原宿にある東郷神社の骨董市(現在は閉鎖中) がとても盛んで、「掘り出し物はないかな?」と、足繁く通ったものです。 その頃手に入れた「木目込み雛」がこちらです。(五人囃子の座っている男の子の座高は6.3cm) 今にも歌い出しそうな、笛の音が聞こえてきそうな、愛くるしいお姿です。

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└2018
・「Air India でいざ!」はじめてのインド旅行('18)お土産フォト
・「生き物の立体造形」ギャラリー

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